私の知人H男(仮名)の話なんだけど。
H男は34歳。派遣社員として、都内の中堅IT企業で働いていた。
年収は300万円。手取りで月20万円ちょっと。
家賃7万円のワンルームに一人暮らし。貯金は50万円。
「このままじゃ、一生独身かもな…」
H男は毎晩、そう思いながら、コンビニ弁当を食べていた。
H男が派遣社員になったのは、28歳の時だった。
大学を出て、正社員として入った会社は、3年で倒産。
その後、何社か受けたけど、全部落ちた。
「派遣でもいいから、働かないと…」
そう思って、派遣会社に登録した。
最初は「1年くらいで正社員になれるだろう」と思っていた。
でも、現実は甘くなかった。
派遣先の会社では、正社員と派遣社員の扱いが全然違った。
「H男さん、これコピーしといて」
「H男さん、お茶出ししといて」
「H男さん、この書類、ファイリングしといて」
雑用ばかり。
しかも、年下の正社員から、タメ口で指示される。
「あのさ、H男。この資料、明日までに整理しといてくれる?」
26歳の正社員が、34歳のH男に、タメ口。
「…はい、わかりました」
H男は、歯を食いしばって、耐えるしかなかった。
ボーナスは、もちろんゼロ。
昇給も、ほとんどない。
時給1,500円。1日8時間、月22日働いて、26万円。
そこから税金や社会保険を引かれて、手取り20万円ちょっと。
「これで、どうやって結婚するんだよ…」
H男は、婚活アプリも試してみた。
でも、プロフィールに「派遣社員」と書いた瞬間、マッチングしなくなった。
「年収300万円の34歳派遣社員なんて、誰も相手にしないよな…」
H男は、スマホを置いて、天井を見上げた。
ある日、派遣先の上司に呼ばれた。
「H男さん、ちょっといい?」
「はい、なんでしょうか」
「来月で契約終了になるんだよね。会社の方針で、派遣の人数を減らすことになって」
「え…?」
「いや、H男さんの仕事ぶりは悪くないんだけど、上からの指示だから。ごめんね」
H男は、頭が真っ白になった。
「あ、はい…わかりました」
そう答えるのが、やっとだった。
派遣切り。
H男は、その日の帰り道、ずっと考えていた。
「また、職探しか…」
「次も、派遣になるのかな…」
「このまま一生、派遣なのかな…」
家に帰って、冷蔵庫を開けた。
卵が2個と、賞味期限切れのヨーグルト。
「…コンビニ行くか」
H男は、財布を手に取った。
中には、千円札が3枚。
「給料日まで、あと5日…」
H男は、深くため息をついた。
その夜、H男はスマホで求人サイトを見ていた。
「正社員、35歳まで」
「正社員、30歳まで」
「正社員、経験者優遇」
どれも、H男には厳しい条件ばかり。
「34歳、派遣歴6年、特別なスキルなし…」
「こんな俺を、誰が雇ってくれるんだよ…」
H男は、スマホを置いて、布団に潜り込んだ。
次の日、派遣会社の担当者から電話が来た。
「H男さん、次の派遣先なんですけど、ちょっと厳しいかもしれません」
「…どういうことですか?」
「いや、H男さんの年齢だと、なかなか受け入れ先が…」
「…」
「とりあえず、何社か当たってみますので、少し待っててもらえますか?」
「はい…お願いします」
H男は、電話を切った。
「もう、終わりかもな…」
H男は、窓の外を見た。
青空が広がっていた。
でも、H男の心は、真っ暗だった。
その日の夜、H男は久しぶりに実家に電話をした。
「母さん、俺だけど」
「あら、H男。どうしたの?珍しいわね」
「いや…ちょっと、元気かなと思って」
「元気よ。お父さんも元気。H男は?仕事、順調?」
「…うん、まあまあ」
H男は、派遣切りのことを言えなかった。
「そう。無理しないでね。あ、そういえば、隣の田中さんの息子さん、結婚したのよ」
「…そうなんだ」
「H男も、そろそろいい人見つけないとね」
「…うん」
H男は、なんとか明るい声で返事をした。
でも、心の中では、涙が出そうだった。
「じゃあ、また電話するね」
「うん、待ってるわ。気をつけてね」
電話を切った後、H男は、壁に背中を預けて、座り込んだ。
「結婚なんて、無理だよ…」
「年収300万円の派遣社員が、どうやって家族を養うんだよ…」
H男は、自分の人生が、もう終わったような気がした。
34歳、独身、派遣社員、年収300万円。
貯金50万円。
結婚の見込みなし。
来月には、無職になる。
これが、H男の現実だった。
でも、H男は、まだ知らなかった。
この1ヶ月後、H男の人生が、大きく変わることを。
そして、2年後には、H男が結婚して、子供を持ち、マイホームに住み、家族旅行を楽しむようになることを。
月収100万円を稼ぐようになることを。
H男は、まだ知らなかった。
【続く】
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